東京高等裁判所 昭和63年(ネ)2138号 判決 1989年7月25日
亡永田正策承継人 控訴人 渡邉豊子
右訴訟代理人弁護士 野村政幸
被控訴人 本田猛
右訴訟代理人弁護士 正野建樹
被控訴人 横山産業株式会社
右代表者代表取締役 横山房雄
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 湯一衛
同 湯博子
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人本田猛(以下「被控訴人本田」という。)は、控訴人から七一六万三三七五円の支払を受けるのと引換えに、控訴人に対し次の各登記の抹消登記手続をせよ。
(一) 別紙物件目録記載(一)ないし(三)の土地(以下「(一)ないし(三)の土地」という。)につき、静岡地方法務局下田支局(以下単に「下田支局」という。)昭和五八年二月二四日受付第一五七二号をもってされた各所有権移転仮登記(以下「本件仮登記」という。)及び下田支局同年五月一七日受付第四八一四号をもってされた各所有権移転登記(以下「本件所有権移転登記①」という。)
(二) 同目録記載(四)の土地(以下「(四)の土地」といい、(一)ないし(三)の土地と併せて「本件土地」という。)及び同目録記載(五)の建物(以下「本件建物」という。)につき、下田支局昭和五八年二月二五日受付第一六六八号をもってされた各所有権移転登記(以下「本件所有権移転登記②」という。)
3 被控訴人横山産業株式会社(以下「被控訴人会社」という。)は、控訴人に対し、本件土地及び本件建物につき下田支局昭和五八年一一月二九日受付第一〇六九七号をもってされた各所有権移転登記(以下「本件所有権移転登記③」という。)の抹消登記手続をせよ。
4 被控訴人中小企業金融公庫(以下「被控訴人公庫」という。)は、控訴人に対し、3の抹消登記手続をすることを承諾せよ。
5 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。(主位的請求は、被控訴人らの同意を得て取り下げられた。)
二 被控訴人ら
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因(控訴人)
1 永田正策(以下「永田」という。)は、本件土地及び本件建物を所有していた。
2 永田は、昭和五八年二月二〇日被控訴人本田の代理人の大野進右(以下「大野」という。)との間で、一〇〇〇万円を次の内容で借り受け、本件土地及び本件建物に譲渡担保権を設定する旨の合意をした(右両名間の同日の合意を以下「本件契約」という。)。
(1) 貸主 被控訴人本田
(2) 借入金 一〇〇〇万円
(3) 利息 月三分五厘
ただし、弁済期までの利息分(昭和五八年二月二一日から同年五月二〇日までの分)合計一〇五万円は右元本から天引する。
(4) 弁済期 形式上昭和五八年五月二〇日とするが、その後においても元利金を返済すれば、何時でも後記(5)の所有権移転登記を抹消する。
(5) 担保方法 本件土地及び本件建物につき、譲渡担保として被控訴人本田に所有権移転登記手続をする。
3 永田は、大野より、同年三月一日右元本から右天引利息分一〇五万円、本件契約手数料(元本の五分)五〇万円、本件土地及び本件建物の所有権移転登記手続費用八五万円並びに本件土地及び本件建物に設定されている小板橋定男名義の抵当権設定登記等の抹消に関する費用六〇万円の合計三〇〇万円を差し引いた残額七〇〇万円の交付を受けた。
4 そして、本件土地のうち、(一)ないし(三)の土地について、永田から被控訴人本田に対する本件仮登記及び本件所有権移転登記①が経由され、本件土地のうちの(四)の土地及び本件建物についても、永田から被控訴人本田に対する本件所有権移転登記②が経由された。
5 その後、本件土地及び本件建物については、被控訴人本田から被控訴人会社に対する本件所有権移転登記③が経由され、さらに、下田支局昭和五九年四月一七日受付第三四四四号をもって被控訴人公庫を権利者とする各抵当権設定登記(以下「本件抵当権設定登記」という。)が経由されている。
6 永田は、被控訴人本田の代理人である大野に対し、昭和五八年五月一九日以降次のとおり本件契約に基づく利息を支払ってきた。
(一) 昭和五八年五月一九日 三五万円
ただし、同月二一日から同年六月二〇日までの分
(二) 同年六月二一日 三五万円
ただし、同月二一日から同年七月二〇日までの分
(三) 同年九月二三日 九〇万円
ただし、同年七月二一日から同年九月二〇日までの分七〇万円及び足代名目金二〇万円の合計金
7 永田は、昭和五八年一〇月一〇日ころ同年九月二一日以降三か月分の利息合計一〇五万円を額面とする渡邉一平振出の約束手形を被控訴人本田の代理人である大野に渡そうとしたところ、大野はその受領を拒否し、永田に対し同年一一月二〇日までに本件契約に基づく元利金全額を返済するよう要求するとともに、同日までに返済を受ければ、本件土地及び本件建物の所有権移転登記を抹消する旨約束した。そして、永田は、翌日大野から元利金合計一二〇〇万円を支払えば、本件土地及び建物の所有権移転登記を抹消する旨再度確認を得た。
8 永田は、昭和五八年一一月一七日大野に対し右約束に基づき一二〇〇万円を提供し、本件土地及び本件建物につき本件仮登記及び本件所有権移転登記①、②の抹消登記手続を求めた(譲渡担保の受戻権を行使した。)。したがって、永田の右受戻権の行使により、本件土地及び本件建物についての被控訴人本田の譲渡担保権は消滅した。
9 永田が被控訴人本田に対して負担する債務は、永田が元利金を提供して受戻権を行使した昭和五八年一一月一七日現在、元利金六九九万六六〇七円及び利息金一六万六七六八円合計七一六万三三七五円である。
10 永田は、昭和六〇年一月一四日死亡し、控訴人が相続により永田の権利義務一切を承継した。
よって、控訴人は、受戻権の行使による被控訴人本田の譲渡担保権の消滅を理由として、被控訴人らに対し控訴の趣旨記載の判決を求める。
二 請求原因に対する認否(被控訴人ら)
1 請求原因1は認める。
2 同2は否認する。
被控訴人本田は、昭和五八年二月二〇日大野を代理人として永田から本件土地及び本件建物を次のとおりの約定で買い受けた。これが控訴人主張の本件契約であり、本件契約の性質は消費貸借と譲渡担保ではなく、買戻しの特約付売買である。
(1) 売買代金 一〇〇〇万円
(2) 右代金は、売買契約成立時に支払う。
(3) 控訴人は、被控訴人本田に対し昭和五八年二月二一日までに本件土地及び本件建物を現状で引き渡し、かつ、所有権移転登記手続を行う。
(4) 買戻し期限は三か月とし、控訴人は、被控訴人本田から昭和五八年五月二〇日まで本件土地及び本件建物を代金一〇〇〇万円で買い戻すことができる。
3 同3は否認する。
大野は、被控訴人本田の代理人として、本件契約当日永田に対し売買代金一〇〇〇万円を支払ったが、その際、本件土地及び本件建物は、買戻し期限である昭和五八年五月二〇日までの三か月間永田に賃貸することとし、大野は、被控訴人本田の代理人として、永田から右三か月間の賃料一〇五万円を受領した。
4 同4は認める。
5 同5は認める。
6 同6中、大野が被控訴人本田の代理人として永田から控訴人主張の日に控訴人主張の金額(ただし、昭和五八年九月二三日については九〇万円ではなく七〇万円)を受領したことは認めるが、その趣旨は否認する。
大野は、本件契約(その性質は買戻しの特約付売買)に基づき、本件土地及び本件建物の賃料として受領したものである。
7 同7中、永田が昭和五八年一〇月中旬ころ、額面一〇五万円の約束手形を大野に持参したことは認めるが、その余は否認する。
8 同8は否認する。
9 同9は否認する。
10 同10のうち、永田が控訴人主張の日に死亡したことは認めるが、その余は知らない。
三 抗弁(被控訴人ら)
1 仮に、本件契約が控訴人主張のように消費貸借と譲渡担保であるとしても、永田は遅くとも昭和五八年九月二三日には右消費貸借の弁済期を徒過しており、被控訴人本田は、そのころ永田に対し本件土地及び本件建物を直ちに明け渡すよう申し入れ、本件契約に基づく譲渡担保権を実行し、本件土地及び本件建物の所有権を取得した。そして、被控訴人会社は、昭和五八年一一月二六日被控訴人本田から本件土地及び本件建物を買い受け、本件所有権移転登記③を経由したものであるから、仮にその間の昭和五八年一一月一七日に永田が受戻権を行使したとしても、被控訴人会社は控訴人に対して本件土地及び本件建物の所有権取得を主張できる。
2 仮に、右1の譲渡担保権の実行が認められず、永田の受戻権の行使が認められるとしても、被控訴人会社は、本件契約に基づいて永田が被控訴人本田に交付した書類によって登記手続がされた本件仮登記及び本件所有権移転登記①、②を信じて本件土地及び本件建物を買い受けたものであるから、被控訴人会社が本件土地及び本件建物の所有権を取得したことに変わりはない。
四 抗弁に対する認否(控訴人)
被控訴人会社が昭和五八年一一月二六日に被控訴人本田から本件土地及び本件建物を買い受けたことは認めるが、その余は全て争う。
五 再抗弁(抗弁1について)(控訴人)
1 被控訴人会社は、本件土地及び本件建物が譲渡担保物件であり、受戻権が行使されたことを知りながら悪意で本件土地及び本件建物を買い受けたものであり、被控訴人会社は、本件土地及び本件建物の所有権取得を控訴人に対して主張できない。
2 (一)ないし(三)の土地についてされた被控訴人本田のための本件仮登記は、仮登記担保契約に関する法律(以下「仮登記担保法」という。)一条に規定する仮登記であるから、被控訴人本田は、仮登記担保法二条一項に定める権利実行の通知をすべきであるのに、これをしないまま本件所有権移転登記①をした。
したがって、被控訴人本田は、本件所有権移転登記①の時点では(一)ないし(三)の土地の所有権を取得しておらず、その後にされた被控訴人会社及び被控訴人公庫のための登記も、被控訴人本田がいまだ(一)ないし(三)の土地の所有権を取得していないことを知りつつ、あるいは過失によって知らずにされたものである。
六 再抗弁に対する認否(被控訴人ら)
1 再抗弁1は否認する。
2 再抗弁2の主張は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 次の事実は、当事者間に争いがない。
1 永田は、もと本件土地及び本件建物を所有していた。
2 永田と被控訴人本田の代理人大野との間において、昭和五八年二月二〇日本件契約が締結された(その性質は後に検討する。)。
3 本件土地のうち、(一)ないし(三)の土地について、永田から被控訴人本田に対する本件仮登記及び本件所有権移転登記①が経由され、本件土地のうちの(四)の土地及び本件建物についても、永田から被控訴人本田に対する本件所有権移転登記②が経由された。
4 その後、本件土地及び本件建物については、被控訴人本田から被控訴人会社に対する本件所有権移転登記③が経由され、さらに、被控訴人公庫を権利者とする本件抵当権設定登記が経由されている。
二 本件契約の性質について
控訴人は、本件契約の性質は消費貸借と譲渡担保(以下単に「譲渡担保設定契約」という。)である旨主張し、被控訴人らは、本件契約の性質は買戻しの特約付売買契約である旨主張するので、この点について検討する。
1 本件契約の契約書であって《証拠省略》によると、右契約書の表題は、「土地付建物売買契約書」となっており、第一条には「売主は末尾記載の物件(本件土地及び本件建物)を代金壱阡萬円にて買主に売渡す」と記載され、第一一条には「昭和五八年五月弐〇日を期限と定め売主は当物件を一金壱阡万円也で買い戻す事ができる」と記載されていることが認められる。そして、《証拠省略》中には本件契約は買戻しの特約付売買であった旨の供述があり、被控訴人本田本人尋問の結果中にも同様の供述がある。また、《証拠省略》によれば、本件仮登記及び本件所有権移転登記①、②がいずれも昭和五八年二月二一日売買を原因とするものであることが認められる。
2 しかし、さらに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件土地及び本件建物については、昭和五七年四月三日環境衛生金融公庫の申立てにより静岡地方裁判所下田支部の競売開始決定がされ、右競売事件は、昭和五八年一月一〇日には評価人の評価書が提出されるまでに進行していたので、同月当時、永田は、右競売申立を取り下げてもらうための弁済資金として早急に七五〇万円程度の融資を受ける必要があった。もっとも、永田としては、三か月以内には静岡県商工中央金庫から融資を受けられる見込みがあったので、三か月間だけの短期の融資を受けられればよいと考えていた。そこで永田は、土屋を介して大野にその融資を依頼し、大野は、被控訴人本田にその話を持ち込んだ。そして、被控訴人本田は、右融資に応じることにし、右融資に関しては大野に包括的に委任した。
(二) 永田は、当初本件土地及び本件建物に抵当権を設定して融資を受けるつもりであったが、土屋や大野が本件土地及び本件建物の登記簿を検討すると、本件土地及び本件建物には、競売を申し立てている環境衛生金融公庫の債権を除いても登記簿上の債権額合計約二〇〇〇万円の抵当権が設定されている上、東海不動産株式会社を権利者とする所有権移転仮登記もされていたので、大野は、抵当権を設定して融資することを拒否し、買戻しの特約付売買の形式であれば融資に応じる旨永田に伝えた。永田としては、買戻しができるのであれば、抵当権を設定するのと実質的には異ならないと判断して、買戻しの特約付売買の形式で融資を受けることを承諾した。
(三) そこで、本件契約が締結されることになったが、融資額(形式上は売買代金額)については、永田が前年本件土地及び本件建物を四〇〇〇万円で売りに出しており、登記簿上の被担保債権額の合計が前記のとおり約二〇〇〇万円であるということから、本件土地及び本件建物の残存担保価値は約二〇〇〇万円程度と判断して、一〇〇〇万円と決められた。なお、被控訴人本田としては、融資であるから、自分の支出した金額さえ確実に返ってくればよいと考え、本件契約に際して本件土地及び本件建物を現地で調査することもしなかったし、大野も、本件土地及び本件建物の時価について、専門家に尋ねる等の客観的な調査は一切行わなかった。
(四) そして、本件契約においては、永田が三か月以内に他から融資を受けて被控訴人本田に返済できることが前提であったので、買戻し期間すなわち弁済期は昭和五八年五月二〇日までの三か月間とされ、利息は、月三分五厘として、弁済期までの利息一〇五万円が天引された。また、永田は、本件契約の手数料として合計五〇万円(元本の五分)を大野や土屋に支払い、本件仮登記及び本件所有権移転登記①、②の登記費用も支払った。
(五) その後、永田は、昭和五八年五月二〇日に名目融資額一〇〇〇万円を被控訴人本田に返済できなかったので、請求原因6(一)ないし(三)記載のとおり大野に対して利息を支払った。
以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
3 右2によれば、本件契約は、買戻しの特約付売買契約の形式はとっているが、その性質は、控訴人主張のとおり、控訴人と被控訴人本田との間の譲渡担保設定契約であり、しかも、契約締結の経緯及び契約内容から判断して帰属清算型の譲渡担保設定契約であることが認められる。ただし、弁済期については、昭和五八年五月二〇日を真実の弁済期として定められたものであり、控訴人主張のように右期日は形式上の弁済期ではない(本件土地及び本件建物には多額の債権を担保するための抵当権が既に設定されており、期間の経過とともに本件土地及び本件建物の担保価値は減少するのであるから、大野が弁済期はいつでもよいという約束をするとは考えられない。)。なお、《証拠省略》によれば、前記競売事件において評価人は本件土地及び本件建物の価格を合計二三九四万三五七二円(本件土地に接続する土地の借地権の価格を含む。)と評価しているが、《証拠省略》によれば、本件契約においては、右評価額は考慮されなかった(契約関係者は右評価額を知らなかった。)ものと認められる。
三 譲渡担保権の実行及び受戻権の行使について
1 《証拠省略》によると、次の事情が認められる。
(一) 永田は、弁済期である昭和五八年五月二〇日に弁済金を準備できず、一か月分の利息相当額三五万円を被控訴人本田に提供して、弁済期を一か月間猶予してほしい旨要請した。そこで、被控訴人本田は永田の要請に応じ、弁済期を昭和五八年六月二〇日まで延長した。しかし、永田は、昭和五八年六月二〇日になっても弁済金を準備できず、再び一か月分の利息相当額三五万円を被控訴人本田に提供して弁済期を一か月間延長してほしい旨要請した。そこで、被控訴人本田は再び永田の要請に応じ、弁済期を昭和五八年七月二〇日まで延長したが、このころから被控訴人本田は永田が借入金を弁済することは不可能ではないかと考えるようになった。
(二) 永田は、昭和五八年七月二〇日になっても借入金を弁済せず、同年八月になっても被控訴人本田に何ら連絡をしなかった。そこで、被控訴人本田は、大野を通じて永田に対し、一〇〇〇万円を弁済するか、本件土地及び本件建物を明け渡すか、いずれかの方法を早急にとるよう永田に再三申し入れた。これに対して永田は、同年九月二三日に至って被控訴人本田に対して同年七月分と八月分の利息相当額七〇万円を交付したが、借入金の弁済はしなかった。
(三) そこで、被控訴人本田は、昭和五八年九月末ころ大野を介して、永田に対し、同年一〇月六日に被控訴人本田と大野が永田を訪れるから、その時に本件土地及び本件建物を買い戻す気があれば代金を支払ってほしい(本件契約に基づく元利金を返済してほしいとの趣旨)、その気がなければ、平穏に本件土地及び本件建物を明け渡してほしいと申し入れ、永田もこれを承諾した。そして、永田は、右一〇月六日になっても本件契約に基づく元利金を用意できず、同日ころ立退承諾書と題する書面と委任状と題する書面を残して、本件建物を立ち退いたので、以後本件土地及び本件建物の占有は被控訴人本田に移転した。
(四) そこで、被控訴人本田は、大野や土屋を通じて本件土地及び本件建物の買主を探し、昭和五八年一一月二六日、被控訴人会社が被控訴人本田から本件土地及び本件建物を代金一二七二万円で買い受け、本件所有権移転登記③を経由した。そして、被控訴人会社は、昭和五九年四月一二日被控訴人公庫から三八〇〇万円を借り入れて、本件土地及び本件建物に本件抵当権設定登記をし、別紙一覧表①記載のとおり合計一五九二万一六〇〇円の費用をかけて本件建物の改修工事を行い、本件建物で旅館を営業している。
(五) 永田は、本件建物から立ち退いた昭和五八年一〇月六日ころ以降も、本件契約に基づく元利金を返済して本件土地及び本件建物を取り戻そうと努力したが、結局、被控訴人会社が本件土地及び本件建物を買い受けるまでに右元利金を用意することができなかった。また、永田は、被控訴人会社が本件土地及び本件建物を買い受けた後も、被控訴人会社の代理人である横山に対して買戻しを打診したが、横山から買戻し代金は一五〇〇万円であるといわれて、買戻しを断念した。
以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
2 控訴人主張の受戻権の行使については、証人渡邉の証言中には右主張に沿う部分もあるが、右証言も永田が現実に一二〇〇万円を提供したことを見たという証言ではなく、また、証人大野の証言にも反するので、右証言だけでは控訴人主張の受戻権行使の事実を認めるに足りず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。
3 右1、2によれば、本件仮登記及び本件所有権移転登記①、②は本件契約(譲渡担保設定契約)に基づいて経由されたものであるところ、遅くとも永田が本件建物を立ち退いた昭和五八年一〇月六日ころには、被控訴人本田は、本件契約(譲渡担保設定契約)に基づく譲渡担保権を実行し、本件土地及び本件建物の所有権を取得し(清算義務の有無は別)、被控訴人会社は被控訴人本田から本件土地及び本件建物を買い受けてその所有権を取得して本件所有権移転登記③を経由し、被控訴人公庫は被控訴人会社から本件抵当権の設定を受けて本件抵当権設定登記を経由したものであるから、いずれも右各登記には登記原因が存在するとともに、永田は、本件土地及び本件建物の所有権を喪失したものというべきである。
4 なお、控訴人は、(一)ないし(三)の土地について、本件仮登記が経由されているから、本件譲渡担保契約については仮登記担保法二条の適用ないし準用があることを前提に、被控訴人本田が同条の通知をしていないから、被控訴人本田に(一)ないし(三)の土地の所有権移転の効果を生じないと主張する。
譲渡担保契約について仮登記のみがなされている場合には、その実質において仮登記担保契約と近似するところから、仮登記担保法の準用をすべきものとする見解があるが、本件譲渡担保契約は、その実質においても契約時に所有権移転の効果を生ずる譲渡担保契約であって、代物弁済の予約等の仮登記担保契約ではなく、また、《証拠省略》によると、(一)ないし(三)の土地について本件仮登記が経由されたのは、(一)ないし(三)の土地が現況は宅地でありながら登記簿上の地目が畑であったため直ちに所有権移転登記をすることができなかったからであって、その後間もなく登記簿の地目を宅地と変更の登記をした上、昭和五八年五月一七日に本件所有権移転登記①を経由したことが認められる。これらの点にかんがみると、本件譲渡担保契約について仮登記担保法二条の適用ないし準用をすべきものとは解することができないから、控訴人の再抗弁2の主張は採用できない。
四 よって、控訴人の請求は理由がないから、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 猪瀬愼一郎 裁判官 岩井俊 小林正明)
<以下省略>